skip to main |
skip to sidebar

考え事をしながら渋滞で詰まった車の間をPC小脇にすり抜ける。あれ?空ってこんなに赤かったっけ。ビルに照り返すマニラの夕日。いつのまにかこの喧噪も日常の景色。
2年ぶりの再会。やっと会えたね。
こんなにも愛してくれているということを正面から受け止めよう。
正念場:本当の自分を演じるとき。
Japan Foundation、BOI、NCF、JICA、AFINITE・・・帰国を目の前に控えて、報告会やワークショップが立て続く。ここぞという場面を、どうか一番自分らしく乗り切れますように。

久保先生、ありがとう。先生がいてくれて本当に心強かった。そのナイーブで優しい性格。きっちりしていて心配性で。いっつも笑わせてくれたね。たくさんたくさん美味しいものを一緒に食べたね。日本に行っても友だちを作って楽しく過ごせますように。また会える日を心から楽しみにしています。
久しぶりに立ち止まって遠くをみる未来への希望と不安無限の可能性といえば美しいなにもないから失うものもない目印がほしい自分の灯台がほしい下ばかりをみては足元をすくわれる少し遠くを見ていよう絶妙なバランスで今日から明日をつなぐ
日曜日の電話Earl grayの紅茶
近所のカフェの一番はじっこのカウンター
朝一杯のシリアル
黄色いマグカップコーヒーの香り
まっしろのi-pod
ジョリジープのキラウィン
ローライズのカーキのパンツ
おそろいのTシャツ
passion fruitのアロマオイル
noniソープ
Narda’sのスカーフ
青の花のかばん
黄色のシャープペン
Dinのチョーカー
和紙のベットライト
お気に入りのブックカバー
枕元の日記帳
すきなものに囲まれてると
カラダもココロもmasalap!
家族のこと、それは最大の愛であり、最大の義務。壊れたときの衝撃は・・・私には想像できない。家族のために帰国している友だち、がんばってほしい。
今日はたくさん自分の話をした。協力隊に来て、こんなに自分の昔のことを話したことなかったかも。驚かれた。いつも聞いてる役ですよね、と言われた。人に映る自分って不思議。
電話を枕元に置いて眠る準備をする。土曜の夜の私の日課。hiroの電話のベルで目が覚める日曜日。私は朝、hiroは夜。夢の話をする。「うんうん」と聞いてくれる。今こうして太平洋を挟むくらい遠くにいても安心してがんばれるのは、hiroが優しい安心を毎週くれるから。ありがとう。


大きな声でおなかを抱えるほど思い切り笑う毎日。正直に気持ちをぶつけたり、怒ったり、泣いたり、あきれたり、ガマンしたり。このシアワセにやっと気がついたら、もうあと半年かぁ。。
ここで見つけたいちばんの友だち短く形容するなら天真爛漫自由奔放自信過剰あなたのそばにいると自分の気持ちも明るくなれる気がする
夕刻のマカティ車はなかなか進まない
渋滞の車のライトがきれいだったから
「うわ、きれい!」と声にだしたら
「これをきれいだと思う気持ちがきれいだね」と言われた。
ふうん、と思った。
そこに美しいものがあるから美しいんじゃなくて、
美しいと思う心があるから美しい
そういうものらしい
さようならサンパギータ、おつかれサンパギータ。奨学金委員会を卒業です。去るのは苦手。見送られるのも苦手。自分のやってきたことの価値をはかられるようで怖いから。
コンピューターリテラシー。これなしではもう生きて行けない私の日常。便利で厄介な文房具ができたものです。
フィリピンで最も貧しいといわれる苦悩の島サマール。もしも目に見えるものだけに価格付けするのなら、
いわゆる先進諸国が経済的先進国であるように、確かにサマールは貧しいのかもしれない。
いわゆる途上国と呼ばれる土地に住む人々の開発へのあこがれ、そこに届いた民際協力としての氏の試み。貧困、スラム、人口流出、侵略戦争の爪あと、軽蔑される日本人、糞尿からのバイオガス・・・
柔らかしいタイトルや挿絵にある子どもたちの笑顔光る写真からは想像もできないサマールの重い現実。そのことを冷静に思考し、これだけの労力を費やして生み出されたこの本には、現実から目をそらない氏のサマールへの愛情が端々に溢れている。
あらゆる現実を知った上で、氏によって「幸せの島」と名づけられたサマール。もしも目に見えないすべてを価値付けられるなら、サマールはものすごい価格になるんだろう。あからさまには目に映らない豊かさにゆっくりと輪郭をつけてくれる1冊。 『幸せの島サマール』北上田毅
北上田氏は現在、JICA草の根技術協力事業
「生計向上プロジェクトと結びついたトイレ普及事業」にて奮闘中。
「放浪記」を読んだ21才の6月、大学前から四国までひとりでヒッチハイクをしたっけ。自分を試すと確実に強くなることを知った夏。それは33才の今も変わらない。
待ちに待った日曜日朝の長電話"you have 60 seconds left."その残りの60秒に
思いつく限りの嬉しいことばをさがす「そのおもしろいことをいわないところが好き」
「あたりまえだろ」日曜日の朝たあいないしあわせ
ピアスを欲しがったり、髪を切りたくなったり、本を読みたくなったり。平和に幸せな時間を過ごしてる。「アイさんなんか明るくなりましたね」こういうセリフ、結構プラスの力になる。
word001:生き方には二通りしかありません。
奇跡はどこにもないという生き方と、すべてが奇跡だという生き方です。word079:文化の価値を大切にする人は、間違いなく平和主義者です。word137:すばらしい知性と好ましくない人格がいっしょになると、
気味の悪さを感じます。読書欲の土曜日、
ちょっと本を開けばアインシュタインにも会える幸せ。
『Ask Einstein』
偉大な科学者としてだけではなく、一人の人間として
世界中の人々から愛され続けるアインシュタインのことば集。
フィリピンに来て1年半、かぁ。帰国後の進路を考えてみた。たぶん初めて。いろんな選択肢が頭をぐるぐる巡る。スタバ、コーヒービーンズをはしごして、紅茶片手にPCとにらめっこの午後。
音楽はいろんな思い出のスイッチを押してくれるあの曲は白いゲレンデへあの曲はおととしの夏のドライブにあの曲は試験前のドキドキをあの曲は毛布に包まって飲んだ紅茶を曲を聞けば、引き出しはいつでも開くだけど季節は変わる景色も人も自分も変わるそしてまた新しい引き出しを作ろう
優子ちゃんとpower lunchに出かけた。Tsumuraにハーゲンダッツ。優子ちゃんは私にとってまるで太陽みたい。太陽の近くにいるとぽかぽかしてくるよ。
満月がとてもきれい。フィリピンの月は下から満ちてゆく。夜が明ければEaster Sundayがやってくる。満月はまるで、闇をまるく切り抜いた天窓みたい。その天窓からは白い光が差し込んで、地上をやわらかに照らしてる。
月は、29,5日で8つのステージをこなすらしい。新月、三日月、上弦の月、豊穣の月、満月、種まき月、下弦の月、鎮静の月。人は知らず知らず月や自然のサイクルに同調していると思う。そういう、自分ではどうにもできない力がこの瞬間につながっているんじゃないかなって。やわらかい月の光を浴びて復活したイエス・キリスト。いろんなことが起きても、わたしも何度でも復活できたらいいな。
明日は友だちの誕生日。みんなで遊園地に行くんだ。今日は、プレゼントを探してたくさん歩いた。「映画にいっしょに行くよ」券なんてものも作ってみた。自分に余裕があると、人にも優しくなれる気がする。
生まれてはじめての一人暮らしをして1年4ヶ月。わたしはひとりが嫌いなんだと思っていた。いつでも誰かのそばで暮してきたし、それが居心地の良いものだったから。一人暮しを始めてみると、それは思い込みだったのかもしれないとふと思う。別に、ひとりでいるのは嫌いじゃない。わたしは、すぐに新しい環境に適応できしてしまうらしい。ココポのように自然に囲まれた21人家族とのにぎやかな暮らしでも、マニラのように都会でのひとりぼっちの暮らしでも、そんなことはどちらでもかまわないらしい。だれかと暮しても、ひとりで暮しても、どちらでもかまわないほど、柔軟な自分の心がさびしい。
自分にないもの、素直になる気持ち。子どものころから、ずっとそうだったのかもしれない。いつでもお母さんと一緒にいたかったけれど、いえなくて、そっとガマンしていたし、欲しいものがあっても、自分からおねだりするような子どもではなかった。わがままもいわない、聞き分けのよい子ども。母親や兄姉とけんからしいけんかをした記憶すらない。友だちにいいたいことがあってもいわずにしまいこんで、そんなことは表にも見せず平気で付き合っていける。大人になってからは、人を褒めるのが上手だね、といわれるようになった。いつもいいことばかりいうから、本当の気持ちがみえないといわれることもある。いつのまにかそういう生き方をし始めていたから、自分でもどうしようもない。せめて、好きな人の前でだけは素直でいたいのに、やっぱり素直になれない。少しでもよくみてほしくて、強がって、背伸びをしてばかり。いい子でいたいという幼い頃からの強い思いからいくつになっても逃れられない小さな自分。素直になりたい。今、素直にそう思う。
お人形、植物、コップ、ふとん、いろんなものをいつもふたつずつ買ってくるお母さん。 「ひとりじゃ、さびしいでしょう?」そういうお母さんは、いつもひとり。 待ってばかりのお母さん。 いつも、わたしがどこかへ行くときは、引き止めるわけでもなく、ただ、「いつ戻る?」とたずねる。 それが、何年帰ってこないかわからない海の外への出発であっても。 お父さんのときも、そう。いつだって待っていた。 いちばんじゃなくてもいいって、お母さん。 ただ、想う人が好きなことをしてしあわせでいるなら、いつまでも待つことのできるお母さん。すこしだけ、似ているのかもしれない。
あい 口で言うのはかんたんだ愛 文字で書くのもむずかしくない
あい 気持ちはだれでも知っている
愛 悲しいくらい好きになる こと
あい いつでもそばにいたいこと愛 いつまでも生きてほしいと願うこと
あい それは愛ということばじゃない
愛 それは気持ちだけでもない
あい はるかな過去を忘れないこと
愛 見えない未来を信じること
あい くりかえしくりかえし考えること
愛 いのちをかけて生きること
『あい』 谷川俊太郎
「あい」はわたしにとって
優しくいるためのエネルギー
毎日をささえているもの
生まれてきた意味
そしてわたしがもらった名前。
わたしは王となって
あなたという領土の小川や町はずれのすみずみまで
あまねく支配したいと願うのだけれど
実をいうとまだ地図一枚もってはいない
通いなれた道を歩いているつもりで
突然見たことのない美しい牧場に出たりすると
私は凍ったように立ちすくみ
むしろそこが砂漠であることを心ひそかに望んだりもするのだ
支配はおろか探検すら果たせずにわたしはあなたの森に踏み迷い
やがては野垂れ死にするのかもしれないけれど
そんなわたしのために歌われるあなたの挽歌こそが
他の誰にもとどかぬものであってほしい 『嫉妬』 谷川俊太郎やっぱり人間は、自分自身が一番大切で、
それ以上の存在などありえないのかな。わたしは一体なにを期待しているんだろう。
ひとりでいたいと思う時間。ひとりになりたくないと思う時間。どっちが多いだろう。紅茶が体中をぽかぽかしてくれるように、ゆっくりといつのまにか。
「3月18日、博邦の誕生日でしたね。
その日は春の嵐のふくひどい夜中でした。
お父さん、仕事が忙しくてついててあげられなかったけど、
元気で生まれ本当に嬉しく思いました。
あれから34年?早いものですね。
色々な思い出を残して今日まで成長してきた博邦。
当時は、今を夢にも思っていませんでした。
残す歳月をこれからも、二人して、お互いに元気で過ごして下さい。
きっと、いい事がたくさん待っていますよ。お父さんも、お母さんもこれからも
しっかり応援していきます。
それではお体に気をつけて過ごしてください。またメールします。」
誕生日
ここにいるその奇跡を確認するための日おめでとうhiro。ありがとう、遠くにいてもそばにいてくれることに。
Many people walk in and out of my life
You left beautiful footprint in my heart
In two days, tomorrow will be yesterday
You will have no reason for waiting for me
To the world you might be one person
But to one person you might be the world
読書欲の土曜日
バプティズムのあとはメメントモリ
死を想いました
備忘録
『智恵子 飛ぶ』 津村節子
『鞄に本だけつめこんで』 群ようこ
『フィリピンのこころ』 メアリーラセリスホルンスタイナー
『電車男』
『もうみんな家に帰ろー!』 一ノ瀬泰造の母
『へんないきもの』 早川いくお
『ゆうべもう恋なんてしないと誓った』 浅川恵
日本語フィエスタが終わった。踊ることも、みんなでわいわい過ごすことも得意でないわたしだけれど周りの熱い思いに支えられて、心も踊り、そして心からから楽しく踊ることができた。フィエスタにぐんと背中を押してもらったように思う。そこまでのプロセスも楽しかった。。
フィエスタの日、もらった「おめでとう」という何気ない一言。おつかれさまでも、ありがとうでもなく、おめでとうという一言をもらったのが、なぜか驚いたのと同時に、それ以上にぴったりくる言葉はないと、嬉しく思った。
「愛で甚し」
心がひきつけられる、美しいもの、すばらしいものに深い愛情を寄せる気持ち。フィエスタを楽しんだすべての人、新しいスタートにもおめでとう。「愛で甚し」愛してやまないフィリピンに。
周りから受けとることばかりのわたし。だから、出会う人に恵まれるのかもしれない。
鼻の下のびのびの踊り子たち。激写!
決断とは偉大だ!
ひらきなおりともいう
こうと決めたら
爽やかにことがはこぶ
これまで詰まっていたものが
スコーンと
音をたてて抜けていく気持ちよさ
"Happy Heart's day!"フィリピンでのバレンタインデーの日は、一日中こんな挨拶が飛び交う。性別は関係なく、贈り物も行き交う。
ひらがなを習いたての生徒さんからの贈り物。ハートも踊る嬉しい1日になりました。大切にいただきます。
Salamat po!!
同じステージの上にいるのに
スポットライトが当たらないということ
自分のせいなのに
誰かのせいにして
ヤキモチを焼いて
そして
またやるせなくなる
文句をつけても仕方ない
本当のちからをつけるしかない
ドキドキするのも、心穏やかであるのも。そうだな、2:8の人生なんてのはどうでしょう。
「時間が解決してくれる。あとは時間の問題だよ。1週間乗り切ったらきっと慣れるから。」hiroの言葉を信じよう。
全部のクラスで節分をした。鬼も笑う、鬼の目にも涙、福は内、鬼は外!
「大切なのは自分のしたいことを自分で知っていることだよ。byスナフキン
1月31日は「愛妻の日」、早く帰って妻に感謝を。
日本愛妻家協会というものが、愛妻家というライフスタイルを広めようとして1月31日には「男の帰宅大作戦」を実践するらしいよ、とhiroが言っていた。ふふふ。そういえば、あなたはわたしの夫で、わたしはあなたの妻でした。帰宅大作戦が実践できなくても、hiroは十分愛妻家、でしょ?
「50才過ぎても"physically attractive"と奥さんを思うってTVでHulk Hoganが言ってたんだ。俺、そういうのかっこいいと思う。」そんなことを言ってくれるhiroの奥さんでシアワセです。
「誕生日だからって、電話とかしてくれなくていいからね。」そういって、誕生日の前の日に電話をしてくるお母さん。まったく、かわいらしい人です。お母さん、娘からいうのもおかしな感じだけど・・・生まれてきてくれてありがとう。
いやなことは忘れてもいいよね。
山笑いましょう。
少しずつ元気になる気がする。
確実に記憶は薄らいでいる。
人間って冷たい生き物。
人の夢に触れると、頭の中でリアリティのあるビジョンが広がる気がする。
時間は与えられたものじゃなくて、作るものなんだなって思う。大好きなことを仕事にしていられるシアワセに気づいてる。フィリピンで迎える2度目の新しい年、穏やかに過ぎていく毎日。
世界中にちらばる友だちから届く年賀状メール。
それぞれの経験が書き綴ってある。
それはまるで、宝告書みたい。
わたしも今の経験を宝に、優しい日々を積み重ねていきたいと思います。
はなれていても、今年もよろしくお願いします。
ちなみにクリスマスイブって、漢字で書くと聖夜、
クリスマスケーキは聖果、クリスマスツリーは聖樹だそうです。
みなさんのクリスマスイブは
聖夜、星夜、清夜、静夜、勢夜、盛夜、凄夜・・・
どれでしたかわたしは・・・
Nuevo Cinema Paradiso
1989年イタリア、フランス
監督 ジュゼッペ・トルナトーレ
絶えず侵略の危機にさらされ、北イタリアの支配下に置かれてきたシチリア島。敗北の歴史の中、映写技師を続けてきた老人アルフレードにとって、スクリーンに映る人生はすばらしく、現実はそれよりも格段に劣るものだった。
人生はもっと困難だ
お前は若い、前途洋々だ
もうお前とは話さない
海を越えて届くお前の噂を聞きたい
わたしはトトにはなれない。わたしはやっぱりアルフレード。それでもいい。叶わぬ再会を夢見ていましょう。
Merry Christmas to you.
12月12日今日は奨学金委員会の誕生日1、2、1、2・・・
一歩一歩すすむ
サンパギータのようにつつましくも凛としていたい
さぁ21年目のはじまり、はじまり
大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞いの美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました
初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始まるのね
堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなくなった人を何人も見ました
私はどきんとし
そして深く悟りました
大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇
柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと・・・・・・
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです
『汲む』 茨木のり子
そのままの自分でいくしかないということ。何事にも一生懸命であるということだけは譲らずに。失敗を恐れず、他人の評価を気にせず、困っている人を見捨てず、笑いも忘れずに、今日も地道な一歩を進むのです。
年に一度のオープンハウス日本の文化を紹介する日好きな漢字をプリントできるよというコーナーみんなが選ぶ言葉は「幸」どこにいてもフィリピン人でも日本人でもほしいものは同じなんだね。
なかなかうまくいかない日。
もうこのままずっと、うまくいかないんじゃないかって思う。ためいき。
なんのために生まれて
なにをして生きるのか
こらえられないなんていやだ
なにがキミのシアワセ
なにをしてよろこぶ
わからないままおわる
そんなのはいやだ
『アンパンマンのマーチ』
なんだかアンパンマンに共感してしまう。
自分が正義の味方だと思ってるなんて
思い上がりなのかなぁ。。
ひとつひとつのことばに
アイを
忘れないで
ことばは武器にもなるってことを
カメラを買った。
なんにもしたくなくても、なんにもせずにはいられない月曜日。スケジュールを埋めようとする日々。なぜか仕事をしたくないのです。そういう割りに、動いてる小心者な僕。僕はなんのためにここに来たんだろう。誰かがよろこんでくれるというしるしがもらえなければ、消えてなくなりたくなってしまう。
あんまりにもやる気がでないので、やりたいことなら、やらないよりましだと、なんでもOKの辞令を自分にだした。いいよ、仕事じゃなくっても。好きなことを謳歌しよう。
人生はチョコレートの箱みたい食べるまで中身はわからない靴で人がわかるどこから来て、どこから行くのか僕もたくさん靴をはいた最初の靴を一生懸命思い出してみよう奇跡は毎日起きる嘘じゃない、本当だよby gump
バリア
ガチガチです
表面
トゲトゲです
やつあたり
お門違い
いつのまにか
戦闘体勢
バリアフリーもどうかとおもうけど
ほどほどがよいよ・・・
白旗
18階に住んでいても、雨のにおいは届く。草も土もないけど、なんだか地面から湧き出してくるような、地球くさい、そんな匂い。フィリピンに来てから半年、初めて傘を差した。そして雨上がり、こんなに鮮やかなマニラの夕日を初めてみた。雨が、空の塵たちもいっしょに、きれいに流してくれるらしい。ご褒美付きのマニラの雨。これから長い長い雨季に入る。
いつも持ち歩いているものがある。
B5サイズのカーキ色のノート。
「あっ、これやりたい」「あっ、これやれたらいいな」
ふと思いついたことと、日付を書き留めている。
そして、書いたことが叶ったら、ぴっぴっと、線を引く。
不思議なくらい、このノートに書かれたことすべてに、
いつのまにか線が引かれていく。
そう、すべてに。
線の入るスピードは、思いの強さに比例する。
生きること
携帯電話のベルが鳴ること
待ち合わせの時間に遅れてあやまること
涙がでるほど笑うこと
ひとりでいたいと思うこと
だれかのひとことに傷つくこと
わたしはそんなにせっかちですか
人に迷惑をかけちゃいけないって気持ちが
人より少しだけ
多いだけだと思ってください
一応、本職はにほんご屋さん。フィリピンでにほんごを必要とする皆さんに、にほんごをお届けしています。まず、なにを大切にしてるかというと、最初の導入。歌で言えば、枕詞。枕詞は、大切なウォーミングアップ。そこでちゃんとあったまることができたら、いいい感じでその日の授業を受け入れてもらえる。さて、今夜の和する歌は、どんなリズムで行きましょうか。
奨学金委員会というのの、副委員長になった。今日から、あしながおばさんだ。ちなみに、足は長いほうではないし、おばさんではない(と思いたい)。記憶の片隅に、あしながおじさんにお礼の手紙を書いていた自分がいるが、今後は手紙を読む側だ。最初の仕事は奨学金申請の書類審査。3日間ミーティーングが行われた。学業、人格ともに優れた・・・という条件が緩すぎるのか、委員の意見も揺れる。自分が良識だと思うことも、意見を交換してみれば、結構周りとズレていることを知る。結局、奨学生のエッセイの上手さ、肩入れした推薦者の話術の上手さによって、奨学金の行方は決まる。世の中とは、こうしたプロセスで決まるものなんだろうか。あしながおばさんとしては、言葉の向こうにあるものを見る力がほしいものだ。。
愛想笑いをしない人だなぁ
わたしなんてちっちゃい子どもの頃から
できることなのに
わたしにはできないことを
できる人がいるということ
1週間の旅に出た。ほぼ丸1日、船の上にいた。満天の星に包まれた夜を過ごした。普段は、ビルの森の中、18階で生活している。海の上より、ずっとずっと空に近いはずなのに、星があることにさえ、気がつかない。目まぐるしい毎日。私の目に映るもの、映らないもの。現実って、見えているか、見えていないか、そういうものなのかもしれない。
なにもない
星がきれい
子供たちの声
ハロハロ
バッチョイ
タラバ
トライシケルのドライバー
そういうのが
かけがえのない大切なことなのかもしれない
みんな任地が好き
それでいいじゃない
マカティでも恋しく想う
運気上昇!
昨日の不運を吹き飛ばせ!
青い空
白い雲
すっぽりと仕事のことを忘れて
海の中
砂の上
こんなにも美しいものに囲まれて
息をしているという現実
はじめましての後の数分間
ことばでなく、こころで
ああ友だちになれるのかなと感じる
説明のできない勘のようなもの
好意のオーラが交換された気がした
両思い?
生まれて初めて人形劇を見た。
写真を載せます。
美しいものをつくりあげている人たちの美しさ。
感動しました。
フィリピンにいる2年という限られた時間だからと刻むようにしっかりと生きようとしている自分
人生という与えられた時間にも必ず終わりはくるというのにね。
フィリピンの人たちがどんなときに「イエス」というか?
・知らないとき
・困ったとき
・会話を終わらせたいとき
・半分理解したとき
・自分でよくわからなかったとき
・相手より自分のようがよく知ってると思ったとき
『Understanding the Filipino』より
現在フィリピン滞在4ヶ月目。かなり、なるほどです。
お見舞いに行った。思ったより、元気そうでよかった。お気に入りのDVDをもっていった。「これ、見たかったんです。」その一言で、すごく嬉しくなった。感謝されると嬉しくなるこの感情は、おなかがすくとか、ねむいとか、そういうのと同じように、DNAレベルに組み込まれてるんだろうか?だとしたら、そういう気持ちになれないと生きていけないんだ、きっと。
今日はhiroと5年目の結婚記念日。どうしてわたしと結婚したのと聞いたら、わからないのかぁって感じで、笑ってた。結婚しているからといって、同じ場所に暮らすわけでも、干渉しあうわけでもない。だけど、目には見えないいろんなものを共有してる。遠くにいてもリンクできる。hiroが居なかったら、わたしも居ない。きっと、philippinesにも居ない。これからも、どうぞよろしく。
ここPhilippinesの人たちは、"hindi siya marunong pakikisama" 「協調することを知らない」と言われるのがすごく嫌なのだそうだ。 "pakikisama"は「歩幅をあわせる」「誰も軽蔑しない」こと。 "makisama" 「助ける」とか、"makialam" 「干渉する」とは重ならないものらしい。だから、今は"pakikisama"。粛々とpakikisamaに暮らしていきたい。はじまり、はじまり。
あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしく、です。なぜだか年の始めは背筋をシャンとしたくなったり、自分との約束事を作りたくなる。そして頼まれたわけでもないのに、家族や友だちのこの先1年の幸せを願いたくなる。自分の心の中の「いい人」たちがわわわ、といっぺんに総立ちになる感じ。差し出がましいかもしれませんが、今年は思い切り欲張って、世界中のみんなの幸せを願わせてもらおう。みんなみんなに、それぞれの幸せの花が咲きますように。
最近、ケビエンに行ったhiroから届いた写真。
なんか子どもの頃に物語の中で見たハックルベリーの家みたい。へぇ、本当にこんな家があるんだ。
なんで、こういうのを見るとドキドキするんだろう。
時計を見ると、針は11時をすっかり過ぎている。「今から帰る」と電話をしようかとも思ったけれど、電話のベルでわざわざ起こしてしまうく らいなら、急いで帰ったほうがいいと、帰り道を急ぐことにした。熊本も、12月の夜ともなれば、ぶるぶるぶるっとくる寒さ。マフラーしてくればよかったなと思いながらペダルを踏む。好きな歌をうたっていると、2〜3曲の道のり。まっすぐな道なので、遠くから玄関の明かりが見える。そしていつものように 門は半開きにしてあるかなと思い始めるとあと家まで50mくらい。門が近づいてくる。あれ、誰か門のそばに立ってる。うわ、すごい顔をしてこっちをにらみ つけてる。寒空の下、一体どれくらいの時間、そんな顔をして、そこにいたんだろう。いい加減、携帯買ったほうがいいかなと思う。
地球上にいる60億の人たち。私の帰りの遅さを本気で怒ることのできるほんの一握りの人。見落としていたかもしれない、こんなすごい幸せ。
誕生日に、大好きな友だちがこの本をくれた。柴咲コウではないけれど、「泣きながら一気に」読んだ。確実にいつの日か会えなくなる大切な人たち。今のままの自 分でいられる時間と場所はずっと目の前にあるわけじゃないんだよと、言われた気がした。でもそんな「当たり前」を越えて、ちゃんとふたりは 世界の中心に辿り着いた。
この本を読んで、「愛」の意味を自分なりに調べてみた。
「たくさんの人たち、モノたちに優しくするためのエネルギー」
「生まれてきた意味」
「毎日を支えているもの」
そして「愛」は、わたしがもらった名前。
これからはもう少し丁寧に暮らそうと思った。