Saturday, July 18, 2015

宝物

納棺の儀。
5歳のかいちゃんがききます。

「どうして、ばぁちゃん、箱にいれるの?」
「・・・・どうしてだと思う?」
「う~ん・・・わかった!大事なものだから!だって、宝物はちゃんと箱に入れてるもん!」

7歳のてなも、そっか!と隣で納得しているようで、うんうん。

その通りかもしれないね。

お花が大好きだったもんね、って、てなたちに、お花いっぱいにされてるばぁちゃん。優しそうな顔してたね。

後悔

今日は、お母さんの二七日。釈迦如来様に無事会えているのかな。四十九日まで、お母さんは7人のお釈迦様たちに守護してもらいながら、進むのだそうで、私は、ただこちらから、無事な旅路を祈るだけしかできないけれど。

できるだけ、普通にしているようにしていて、日々のこともやるし、仕事にもいくし、他人がいる場所のほうが、意外と、役割があってちゃんとしていられるような、でも、帰るとどっと疲れてしまったり。気が付くと、ため息をついていたり、なにもしたくなくなったり。そんな2週間がすぎました。

お母さんがいなくなって、後悔することがたくさんです。あれが美味しいあのお店に一緒にいったらよかった、もっと素直にお母さんのことほめてあげたらよかった、もっとちゃんと好きという気持ちを伝えたらよかった、とっておきの手作り味噌を出し惜しまずに使ってあげたらよかった、ちゃんと車のドアをあけてあげたらよかった、梅酒をぶつぶつ文句言わずに作るの手伝ってあげたらよかった、あの時なんであんな言い方しちゃったんだろう、とか・・・後悔は、尽きそうになく。

でもわかってることは、後悔しても、もうできないということ。

じゃ、私にできることはなんだろう。

後悔しても仕方ないんだけど、後悔するだけさせてもらって。あとは、目の前に生きている私にとって大切な人たちに、後悔しなくて済むような自分でいようとすること、かな。

生まれて初めて、人が、目の前で、命が消えていくのを、手をにぎりながら見て。人は、命が消えていく途中から、手足が冷たくなっていくことを知って。私の声は聞こえていたのかな。苦しくはなかったのかな。お母さん、何も言ってくれなかった。

もう最期の数日は、とにかくつらそうで、口を開けば思いつく限りの食べ物や飲み物の名前や、「寝かせてくれ」。かわいそうで、そばにいることを逃げ出したくなってしまったり。

こうして言葉を書いていても、なんの結論もでてこないけれど・・・ぽかんと胸に穴があいたまま、いつか時間が解決してくれるのかな。

こんな親不孝娘で、ごめんね。お母さんは、確実にいい人だったんだから、それは絶対だから、極楽浄土にいかないとだめです。お釈迦様、よろしくお願いします。