Tuesday, December 05, 2006

kiss

目をつぶると世界が遠ざかり
やさしさの重みだけがいつまでも私を確かめている
沈黙は静かな夜となって
約束のように私たちをめぐる
それは今
隔てるものではなく
むしろ私たちを取り囲むやさしい遠さ
そのため私たちはふとひとりのようになる
私たちは探し合う
話すよりも見るよりも確かな仕方で
そして私たちは探し当てる
自らを見失ったときに
私は何かを確かめたかったのだろう
はるかに帰ってきたやさしさよ
言葉を失い清められた沈黙の中で
おまえは今 ただ息づているだけだ
おまえこそ 今生そのものだ
だがその言葉さえ罰せられる
やがてやさしさが世界を満たし
私がその中で生きるために倒れるときに

         『kiss』谷川俊太郎